年が明けて・・。2007.01.07
人は、歳月を重ねるたび古いものに愛着を感じたり、
遠い昔を思い その回想にひたる時間が長くなる気がする。
2006年を振り返って、何が一番心に残っているか自分に問いかけてみると
長野県小布施の岩松院で初めて見た北斎の肉筆「八方にらみの鳳凰図」や
青森のねぶた製作現場など、好奇心を突き動かされる強烈な個性を
つきつけられたものの、やっぱり衣スタッフと分け合ったささやかな感動の
“事件”の方が大きい気がする。
2006年、衣のメンバーの中にめでたく二組の夫婦が生まれた。
順序を踏み、華燭の宴を催し、ご両親や仲間に盛大に祝福された一組に比べ、
もう一組はおそろいの指輪を買い、こっそりと籍を入れ 晴れて夫婦になった
対照的な二組だった。
好きならば、形や形式はどうあれ 寄り添えるだけで幸せ・・・。
それは大いに素晴らしいと思うのだけれど、
「結婚式をしよう!」
と、思い立って号令をかけた。
・・・・この号令に、愛すべきスタッフの動きの早いこと!早いこと!
ドレスはもとより、音楽、料理、花、すべての段取りが整い、新郎一人を
村八分にして、水面下で作戦は隠密のごとく進められた。
(仕事もその速さと機転で動けたら・・・と横目で見てしまう私など気にする余地もなく・・・)
当日、何も知らない新郎は 工房に来るなり、男性スタッフに目隠しをされ、
目隠しを取られた所に、ウエディングマーチとスタッフの拍手の中
新婦登場・・・
顔面蒼白で固まった彼の顔が今でも忘れられない。
お金をかけた訳でもなく、真新しいドレスでもなかったけれど、
みんなの心のこもったあたたかい結婚式で、泣き通しだった新婦に
人間は機械と違って、一定の能力が連続して発揮できない悲しさがある。
休息や気分転換はとても大切な句読点だと思う。
それが、笑いの慰安であったり、感動の涙であったりするのだろうと思う。
そしてそれが、人生の危機が連続して押し寄せたような時、不思議な力を出して
取り除いてくれるものだと信じている。
2007年、私は今年もこの衣スタッフ達と一緒に年を重ねられる事を、
とても幸せだと思う。
遠き地の魂2006.08.25
衣に遠く青森の地で出会ったという一人の若い?!絵本作家さんがいる。
彼は数年前,自分探しの旅の途中で「ねぶた師」と出会い、毎年ねぶた制作に大阪から通っているうちに
「青森の神様に呼ばれた」
と発してアトリエごと自分の人生も青森の地に預けた人だ。
その彼がいつも遠い目で熱く語るのはねぶた制作のことばかり…
その熱意に影響され今年6月末、制作現場に立ち合わせてもらった。
その小屋は角材を無造作に組み、その周りに針金が絡み合い、墨とろうのにおいの中、和紙が散らばる、まるでガラクタ小屋。
設計図も無ければ指示書も無いねぶた造り…あるのは一枚の紙に描かれた原画とねぶた師の頭の中にある出来上がり図のみ…。
私も思いつきで衣をつくるもののそのスケールの違いにただ、ただ脱帽。
隣の小屋では純白のねぶたが『師』に墨を入れてもらうのを待ってる。そのねぶたに光がはいった。
…錯覚に違いないのだが、確かに大きな吐息が聞こえた気がした。まるで永い眠りから覚めた得体の知れないものがドクンドクンと血を流し始めたように…。
それから1ヶ月ちょっと、夜の静寂を裂いて威風堂々としたねぶた灯籠は圧倒的な存在感を放ち動いた…。
長崎のしょうろう流しのようにねぶた人形にあの世の魂をのせ、川や海に流す風習の名残りと言われている海上運行。
ねぶた師にとって最高の栄誉である数々の賞を受賞したもの数台のみが船に乗せられ海の上を囃子や「ラッセーの」の掛け声とともに幻想的に流れていく。
…花火が夏の夜空を
焦がす中を…
雪に閉ざされた長く暗い時間、溜め込んでいた北国の人々のエネルギーが短い夏を熱く燃やしきるように火の祭りは街を包み込んで終わった。
この威光と名声の「ねぶた師」竹浪比呂央師から
「衣さんとコラボレーションして服を作りませんか」
とありがたい話をいただいた。
ねぶたの上に花火のあがった作品を来年はぜひお目にかけれると思います。
※写真説明
(上)「頼政 御所に 鵺を射る」 制作者 竹浪比呂央師
(中)(下)原画より制作されたねぶた
島2006.03.18
私の祖父母は20人も乗れば沈んでしまいそうな古い船で30分も揺
られた所にある、小さな島に住んでいた。
その家の前は1m程の高さしかない防波堤があるだけの海沿いにあり、アスファルトのない道にはいつも砂煙が立ちこもっていた。
数歩あるくと、音をたてず舟虫が一斉に道をあけ、錆びた船のイカリがモニュメントの様に砂浜に横たわっているセピア色の風景だった。
夜が来ると辺りは闇に鎖され、静寂の中に時間の針より正確に打ち寄せ る子守唄にもならない波の音を聞きながら、慣れない布団の中に居た幼い自分を思い出す。
どんなに小さな音にも敏感になり、月明かりで影が形を変えるだけでも、つま先まで脅えたあの日。
外界との交渉を一切断ったような疎外感を味わった「島」の時間は今も忘れられない。
外に出て漆黒の海を眺めていると、瞬きをした瞬間に消えてしまった記憶の中の、幻の映像が蘇る。
それが今回の”月夜の残像”や”落武者の亡霊”なのかもしれない。
寝る前、耳元で民話のように話してくれた祖母のせいだと信じている。
少し前、ぼんやりテレビを眺めていると、その「島」が取り上げられていた。
夜光虫を透通ったパイプに入れ、まさに自然の電飾を作っていた。
祖父母も父も他界し、縁の切れてしまったようなその「島」を、又尋ねてみたくなった…。
福袋と鶏がらスープ2006.01.09
東京や名古屋のスタッフも集まり、年一回全員で大騒ぎをする衣の忘年会。
楽しみに帰ってくるスタッフのため鶏がらスープを作った。
福袋でゴッタがえしている工房の中で一時の優しい匂いが部屋中にひろがる。
朝早くから、大きな鍋でコトコト煮込んで夕方にやっと白くにごったスープが出来上がったが、二十数名のスタッフが囲んで食べると一瞬でなくなる。
”福袋みたい”とこっそり心で思った。
半年くらいかけて、福袋だけの柄を描き、伊勢和紙を彫り、刺繍をうち、年末ギリギリにやっとできた物は、寒い中朝早くから並んで下さったお客様のところへ秒刻みで旅立ってしまう。
少し前、京阪電車”おけいはん”のCM撮影に衣スタッフが出演させて頂いた。
たくさんのギャラリーに見られている快感が忘れられないと洩らしていた事がある。
服はきっといつもそうなんだろう…。
いろんな人に見てもらう為、精一杯おめかしをして並んでいるのかもしれない。
それに比べて福袋の作品たちはスタッフですら目にする事はなく、ひっそり袋に入れられ封を開けてくれるたった一人の為、息を潜めて静かに待っている気がする。
手にされる、お客様の笑顔の為に、お客様にとって本当の福袋であるように…。
主(あるじ)より2005.10.19
「時代」が移ることを「時の流れ」と人は呼ぶ。
でも流されて、流行り物のひとつになるのだけは絶対にいやだった。
それをここまで理解し、支えてくれたすばらしい仲間が衣にはいる。
世界の中でも、四季の温度差が極端といわれている日本。
その中でも京都ほどその振れ幅の大きいところはない。
蒸暑い夏や、体の芯まで底冷えする冬と戦いながら京都の人々はこの街をつくってきた。
商品を世に送り出すのが店ならば、その店を生み出すのは人。
人が店をつくり、店が街を創り、街が歴史を積み上げていく。
全ての原点にいるのはやっぱり人。
衣もその歴史を語り始めると「スタッフ」という仲間をはずしては何も語れない。
これからゆっくり時間を掛けて、どう衣という糸に絡まってきたか、お伝えするのを楽しみしています。
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